アソシエイトなのに、アナリストに舐められる悲哀
「鈴木さん、あなたはアソシエイトであって、アナリストである私よりも上のタイトルなんですよね?私よりも給料をもらっているのであれば、相応の仕事をしてください。昨日作成頂いた資料は、はっきり言って外資系投資銀行のクオリティに達していません」
大学卒業後、新卒採用で大手商社に入社、25歳で米国トップスクールのMBAプログラムに合格、夏休みを利用した10週間のインターンシップを経て、意気揚々と大手町にオフィスを構える某外資系投資銀行にアソシエイトとして入社したあなた(鈴木さん)に対して、同じチームの新卒採用2年目のアナリストの田中くん(23歳)は上記のような言葉を投げかけました。
あなた:「い、いや、MBAで習ったファイナンスの理論を使って、私なりに企業価値を算定してみたのだけれど。。それに、その資料を作成するのに昨日は深夜の3時までオフィスにいたし、私なりには結構頑張ったつもりなんだけどな。。」
大手商社およびMBAでの経験に誇りをもっているあなたは、年下の同僚からの辛辣な言葉に内心怒りをおぼえつつも、なんとか上記のように答えます。
田中くん:「誰も、鈴木さんにそんなクリエイティブな作業を求めていないです。まぁ、確かに1から10まで作業内容のお願いをしなかった私が悪いですね。これは私が引き取って修正するので、鈴木さんは今日はもう帰ってください。昨日は夜遅くまで働かれていたということでお疲れでしょうし。私は本日徹夜での作業になるかと思いますが、まったく気にしなくて結構ですよ。」
そういって田中くんは、「あー」、とか、「マジかよ」、とか言いながら、自分のデスクに戻っていきました。
中途で入っても、新卒が学ぶ業界共通言語を早期に学ぶ必要がある
20代後半~30代中盤までに、事業会社、MBAなどを経由して外資系投資銀行に転職されると、多くの方は「アソシエイト」というポジションで採用され、そこから数年かけて「ヴァイス・プレジデント(VP)」とよばれるタイトルを目指して業務をこなしていくことになります。特にカバレッジ(営業)サイドでの採用の場合、前職での経験・業界知識などを活かして将来的に案件を獲得してくれることを会社としても期待していますし、何よりあなた自身もそういった目標があって外資系投資銀行への採用プロセスに応募をされるはずです。
一方で、例えば大型のM&A案件を獲得するまでの道は非常に長く困難で、業界の知識に加えて様々な投資銀行的な財務分析を盛り込んだピッチブック(提案資料)を継続的に作成することが求められます。また、いざ案件にアサインされた場合も、M&Aに関する会計、税務、法務などについての専門知識が要求され、いずれにせよ新卒で投資銀行に入社した社員が2-3年で習得する「業界の共通言語」をどこかのタイミングでクイックにキャッチアップすることが求められます。
必要なスキルを習得しないと、年下から辱められ続ける
冒頭の会話の例について、田中くんの態度にも相当問題がありますが、程度の差はあれど私自身なんどか同じような場面を目撃したことがあります。ただし、やはり事業会社もしくはMBAのバックグラウンドというのは色々な場面で役に立ちますので、必要なスキルさえ習得してしまえば、年下の同僚から謎の圧力を受けることもなくなります。
投資銀行の若手として必要となる、本当に必要な財務分析スキルに特化したコラム
本コラムの趣旨は、「投資銀行の若手として必要となる財務分析スキルを、本当に必要なことに絞って、簡潔(ただし一部の内容は必要以上に詳細)にご提供する」というものになります。私自身も外資系投資銀行のジュニアのポジションでの業務経験がありますが、その記憶が薄れないうちに、重要なポイントを備忘録的に残していければとも思っています。その意味で、本コラムは以下のような方を意識した内容になるかと思います。
本コラムの対象読者層
1. 事業会社、MBAなどを経て、外資系投資銀行への転職をご検討されている方
2. 新卒で投資銀行に入社したものの、あまり財務分析に触れる機会がなく1-2年経過してしまった方
3. 事業会社の経営企画部、事業開発部などでM&Aに携わる機会があり、財務分析の基礎を学びたい方
4. これから就職活動を控えた大学生・大学院生の方で、投資銀行で使用される財務分析に興味がある方
5. 暇すぎて何でもよいので知的好奇心を満たしたい方
また、内容としては、大きくは以下の流れを想定しています。但し、コラムの内容が客観的に見てあまりにもつまらないと判断された場合、本サイトの管理者から引退勧告(クビ)を言い渡されるようなので、最後までたどり着けない可能性もある点ご留意頂けますと幸いです(その場合は別サイトを細々と立ち上げて、趣味の一環として最後まで完走しようと思います)。
1. 会計、ファイナンスの基礎知識
2. 企業価値算定(バリュエーション)
3. M&Aが与える財務インパクト分析
4. レバレッジド・バイアウト(LBO)分析
5. その他
投資銀行の後輩に見せたら、つまらないと怒られた
ちなみに、ここまでの原稿のドラフトを投資銀行に勤めている後輩に見せたところ、「こんなありきたりの序文では誰もこの先読んでくれないですよ。インターネット上に既に幾千とある財務スキルに関するコラムと比較して、何か付加価値のあることを簡潔に書けないんですか。というか私がこの文章を読むのに使った時間を返してください」、とお叱りを受けてしまったので、次回以降具体的な話に入る前に、少しだけ知的好奇心が満たされる(かもしれない)話をしておきます。
M&Aにおける公正(フェア)な価格とは何か
いきなりM&Aの核心にふれるようなトピックですが、ここでは具体的な価格の算定方法ではなく、投資銀行がサービスの一環として(追加で手数料を数千万円支払うと)提供してくれる、フェアネス・オピニオン、という意見書について触れてみたいと思います。M&Aの際の会社発表のプレスリリースをよく見ると、「当社は○○証券より、本件における買収価格が財務的見地からみて公正である旨の意見書を取得しています」、のような記載があることがありますが、この意見書がまさにフェアネス・オピニオンというものです。
(学生時代の私もそうでしたが)世の中には「M&Aにおける買収価格は投資銀行によって決定されるんだ!投資銀行すごい!」、と尊敬のまなざしを向けてくれる方々がいますが、現実は少し違います。もちろん案件の初期段階では、予備的(※”Preliminary”の和訳であり、投資銀行でよく用いられるヘッジ文言です)価値評価分析、などといって、価格交渉のたたき台が投資銀行によって作られますが、最終的な価格はM&Aの当事者である会社によって決定されます。
では、フェアネス・オピニオンは何を言っているかというと、「会社が決めた買収価格を、我々(=投資銀行)が検証した結果、フェアな水準だと言えると思われる」、ということが書かれています。あくまで価格決定を行ったのは会社自身であり、我々はアドバイスをしているに過ぎない、というポジションは、正に投資銀行が「アドバイザー」と呼ばれる所以です。
何をもって、フェアな水準としているのか?「お客にとってお得」が重要
なお、投資銀行が何をもって「フェアな水準」である、と判断しているかというと、これは、投資銀行が買手側と売手側のどちらにアドバイスをしているかによって変わります。例えば合意された金額が1,000億円の場合、この金額を買手にとってフェアな水準とするためには、「本当の価値は1,100億円くらいだったのだけれど、100億円安い1,000億円で買えてお得でしたね!」というアドバイスが必要になります。
逆に、売手にとってのフェアなアドバイスとは、「本当の価値は900億円くらいなのに、買手は100億円も上乗せした1,000億円で買ってくれてお得でしたね!」ということになります。要するに絶対的に「フェア」な価格というものに言及しているのではなく、自分たちのお客様(より正確にはお客様の株主)にとってお得な取引であったか、という点が、「フェア」か否かの基準となります。
上記の例では、買手側のフェアネス・オピニオン(と同時に提供される価値算定書)には、1,100億円、売手側には900億円という数字が記載されているはずですが、あまりピンポイントの数字を示すと後で融通が利かなくなるので、結局両者ともに、「900-1,100億円という弊社が算定したレンジ内に合意された価格:1,000億円が収まっているので、本件取引はフェアといえると思います」、というようなアドバイスすることになります。
上記の通り、「フェア」な価格を主張するために、「ほんの少し」企業価値算定の前提を調整することはありますが、あまりにも現実からかけ離れている価格に対しては、投資銀行が意見を表明できないこともあります。いかにして価格の調整を行うか、正しいかは別にして誰にも間違っていることが証明できない価値算定の方法、などについては、別途本コラムのどこかで説明させて頂ければと思っています。
投資銀行部門の中でも、M&A業務に特化したコラム
以上が本コラムの序文となりますが、最後に、まだ何も具体的な内容に触れていない中、注意点というのも変な話ですが、以下の内容にご留意ください。
一点目として、本コラムの内容はM&A業務に関連する内容が多いということです。当然投資銀行業務にはM&A以外にもファイナンス業務など様々なものがありますが、そこまで言及しだすと際限なく話が広がりそうなので一旦はM&A関連の内容を中心にしたいと思っています。二点目として、今後のコラムの内容は私の個人的な経験および周辺の業界関係者へのインタビューを基に構成されているため、「厳密にいったら違う」とか、「うちのファームの流儀と違う」とか色々ある可能性がありますが、大目に見て頂けますと幸いです。
最後に三点目として、座学で得た知識をご自身の中で本当に噛み砕くためには実際に業務で使用してみることがどうしても必要になる、という点はご留意頂けますと幸いです。いわゆるOn the Job Training (OJT)というものに相当しますが、実際に業務で使用してみて、ときには上司、同僚、お客様から厳しいフィードバックを受けたうえで、初めて自分の武器として使用できる、というものも確かに存在します。なお、外資系投資銀行におけるOJTの日本語訳は「無茶ぶり」が適当かな、と個人的には思っています。
大変前置きが長くなってしまいましたが、次回からは具体的な内容に入っていければと思います。本コラムが皆様のキャリア形成の一助となれば幸いです。