リーマンショック時の大量解雇で実感!!投資銀行業界内レピュテーションの重要性
今から12年前、チャプターイレブンの適用を申請した2008年9月15日から数週間後、六本木ヒルズ。
今はなき米系投資銀行Lのかつての東京オフィスの会議室で、一人の「優秀な」M&AバンカーXの眼にかつての光はなく、力なく首をもたげ、茫然としていた。
その6ヶ月前には、自社とベアスターンズのカンパニープロファイルをつくり、時系列を数カ月ずらした両社の株価チャートを並べ、その二つの線の見事なまでの重なりを、まるで他人事のように眺めて楽しんでいた、その彼の余裕は完全に失われていた。
会議室の面々が皆、そうだったかというとそうではない。なぜなら、ほとんどの者が早々と次の活躍の場を見つけ、ある者はキャリアアップまで果たし、ある者はチームごと、それぞれ別のファームへと引き抜かれることが決まっていたからだ。
では、なぜ社内でも切れ者で通っていた「優秀な」彼が茫然となってしまったのだろうか。
一言でいえば、彼は「優秀」ではあるが「嫌われ者」だったのだ。チャプターイレブンを待たずして、その年の夏の間、彼は人知れずオフィスを抜け出し、キャリアアップを狙って転職活動に勤しんだ。
生え抜きのバンカーだった彼は、国内系の金融機関、商社、官庁からやってくる転職組を、相手が年配であろうとも、下に見るような発言を日頃から繰り返していた。秘書の女性に対しても同じく(特にストレスを抱えるとひどかった)。その結果、いつしか彼は多くの敵を社内中につくってしまっていた。
そして、人材の流動性が激しいこの業界においては、どの主要ファームにもL出身の人がいたため、彼は多くの敵を社外においてもつくってしまっていたのだった(彼は自分ではそのことにつゆとして気づいていなかったのだ)。
転職をする際に一番大事な一言は、ボスや同僚から「前に君がいたファームから採用選考に参加してきてる人がいるけどこの人知ってるか」という質問に対する答えである。そこで何と答えるかは、結局のところその人を「好き」か「嫌い」かによるところが多い。どれだけ「優秀」であっても、自分が「嫌い」な人を新たに同僚に迎えたいという人は奇特である。
ちょうど彼が転職活動をしていた夏の終わりころ、六本木のPubで各ファームに移籍した元L出身者たちが集いお酒を飲んでいた場で交わされた会話は、「Xがこないだうちのファームの選考に参加してたから、ボスにストロングセルのレコメンドをしておいたよ」「うちの選考にも来てたぞ」「お前のとこの選考にもそのうち来るんじゃないの」といった具合である。
彼の転職活動の結果は言うに及ばず。また、倒産時にロンドンに拠点を置く金融機関Bの投資銀行部門に、Lの複数のチームがほぼそのまま移籍をしたが、そこにもXは招集されなかったのだ。
倒産するまで「AAA」の格付けを受けていたLと同じく、彼は転職活動に失敗するまでは自らが「AAA」だと信じていたはずである。しかし彼は転職マーケットにおいてはBa以下のジャンクとしての評価だったということだ。
「外資系は仕事が出来ればなんでも許される」と思われがちだが、チームワーカーであることを強く求めるカルチャーがあることから、この業界における優秀=AAAには、単に業務遂行能力が高いということだけではなく、周囲への気配り、チームワーク、ストレスマネジメントに秀でた人格者であることまでがもともと当然のこととして要求されているということなのだ。
現在彼は、彼が日頃から下に見ていた国内系の金融機関で仕事をしているそうだ。なんとも皮肉である。