今回の要点
1. 株式会社は株主の「もの」。但し、倒産などの非常事態には債権者が権力を有する
2. 企業価値:株主と債権者に帰属する価値を定量化したもの
3. 株式価値:株主に帰属する価値(企業価値から債権者に帰属する価値を引いたもの)
会社は株主の「もの」か
まず初めに、会社はだれの「もの」か、という問いの、「もの」という言葉の定義を定める必要があります。就職活動の学生によるグループ・ディスカッションのように、「じゃあ、まず問題の定義について10分間議論しよう!」などと悠長なことを言っている時間もないので答えをいうと、「株式会社の経営にかかわる重要な問題の最終決定権」をもっている人が会社を持っている、ということになります。そして、(やや乱暴な言い方ですが)その最終決定権は株主総会を通して行使されるので、株式会社は(株主総会で議決権を有する)株主の「もの」と一般的に言われています。
あまり会社法の詳細に踏み込むつもりはありませんが、おじさんおばさんお兄さんお姉さんが作業→各種社内の会議体における決定→取締役会での決定→株主総会での最終決定、のような意思決定の流れを意識してもらえれば、とりあえず株主が意思決定の一番上にいることが分かるかと思います。当然、「経費削減のためにホチキスの針を日本製から中国製に変えるか否か」のような議題をいちいち株主総会の決議を待っていたら業務が進みませんので、それぞれの会議体にてある程度の権利が委任されているものと考えてください。
なお、会社法上の株主総会、取締役会などにおける決議事項については、皆様が投資銀行入社前に取得する必要のある証券外務員試験の対策をする過程で勉強することになるかと思います。実際に、M&Aの実務を進めるうえで、お客様の株主総会、取締役会のスケジュールを考慮にいれてプロセス管理を進めていくことは非常に重要となります。なお、個人的に、証券外務員試験というものはまったく金融に関するバックグラウンドがない人向けには、要点をクイックに把握できるという意味で非常によくできた試験かと思っています。
銀行などの債権者も重要
上述の通り、会社は基本的には株主のものですが、資金調達の一環として銀行等の債権者からお金を借りている場合、少し話が変わってきます。例えば銀行からお金を借りる場合、金銭消費貸借契約(長いのでローン契約、とか呼びます)という分厚い契約書を締結することになりますが、その中に、「何か会社がヤバい状況(債務超過など)に陥ったら会社は銀行のものになるよ」、のような文言がさらっと書いてあります。銀行のお兄さんお姉さんは普段はニコニコされていますが、自分たちの貸したお金が返ってこない可能性がでてくると、途端に般若のような顔つきになります。
重要なのは、非常事態においては銀行などの債権者は株主と同等かそれ以上の権限を持ち出すということです。以降、「今の会社は、会社の持ち主にとってどの程度の価値があるか」のような議論がでてきますが、そういった議論を進めるうえで、株主はもちろんのこと非常事態に会社の所有権を有する可能性のある銀行などの債権者を議論から外すことはできないのです。ちなみに先ほどから、銀行「などの債権者」などともったいぶった書き方をしているのは、世の中には社債等で資金調達をしている会社もあるからですが、一般的な債権者のイメージがわきにくい場合は、債権者=銀行と乱暴に割り切ってもらっても本コラム上は問題ないかと思います。
企業価値のコンセプトとは何か
一方で、企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者、と日本語では訳すそうですが、会社に関係する人達、くらいの意味で問題ないと思います)はだれですか?、という問いに対しては、さまざまな答えが存在します。株主、債権者(銀行など)は当然含まれますし、従業員(おじさんおばさんお兄さんお姉さん)、顧客、取引先などはもちろんのこと、税金の支払いとその対価としてのインフラの使用、という観点からは国(行政)もステークホルダーの一部に含まれます。
但しその中でも、株主と銀行等の債権者は、「事業のための資金の提供者」、という立場であり、他のステークホルダーとは少し立場が異なります。どう異なるのかというと、コーポレートファイナンスの世界では、「企業価値(定義は後述)は事業のための資金の提供者である株主および銀行などの債権者に帰属する」、という決まりがあります。逆に、「株主および債権者に帰属する価値を計算するために、企業価値という概念が生まれた」、と理解してもらってもよいかもしれないです。
企業価値には、「企業価値 = その企業が生み出す将来キャッシュ・フローを現在価値に割引いたものの総和」、という自分で書いていても頭が痛くなるようなコンセプトがあるのですが、要は、「従業員への給料も、仕入れにかかるコストも、国への税金も全部考慮した後に残るお金で会社の値段が決まる」、ということです。株主や銀行などの債権者が会社に投資するものは「お金」ですから、彼らが所有権を有する会社の値段が、「その会社の生み出すお金」によってきまる、というのは分かりやすいといえば分かりやすいです。
ちなみに、「企業価値 = その企業が生み出す将来キャッシュ・フローを現在価値に割引いたものの総和」、というコンセプトを数字に落とし込んだものが、かの有名なDCF(Discounted Cash Flow)分析というものに相当します。DCF分析については私も思うところがあるので、①そもそもの理論・コンセプト、及び、②実務上での使い方、についてまた別途解説できればと思います。
高級ぬいぐるみ屋さんの企業価値
ここで唐突ですが、株式会社の設立について考えてみます。例えば私のかねてからの夢であった、高級ぬいぐるみ屋さんを設立するのに、合計で2,000万円の資金が必要であったとします。外資系投資銀行時代にもらったボーナスは既にあらかた使ってしまったので、手元から出資できる金額(株式)は1,000万円しかありません。そこで、赤い色の銀行から1,000万円を借り入れることにしました。赤い色の銀行の担当者はとにかくローンを貸すことに追われており、貸付の際の手数料不要、貸付期間中の金利:0.1%、という、「ほんとに大丈夫か?」というレベルの好条件を示してくれました。
前述の通り、この高級ぬいぐるみ屋さんの企業価値は、この会社がどれだけのお金を生み出すか、によって(コンセプト上は)決定されます。具体的な数字は省略しますが、たとえば、①セレブ層にフォーカスした商品が大当たりし、仕入れ先とも良好な関係を構築し、年間500万円のキャッシュを生み出す企業になった場合と、②同業他社との価格競争に巻き込まれ、仕入れ先からの圧力も強く、年間100万円のキャッシュしか生み出せない企業になってしまった場合とでは、前者の企業価値が高く評価されることになります。これは「業績の良い企業が高く評価されるだろう」、という多くの方がイメージする感覚とも一致するのではないかと思います。
株式価値とは何か
企業価値から債権者へ帰属する価値(銀行から借りているローンの金額など)を差し引いた金額を、株式価値といいます。株主に帰属する価値だから株式価値、という非常にわかりやすいコンセプトです。
さきほどの新会社の経営がうまくいき、3年後の企業価値が5,000万円の評価を受けたとします(誰がどのように「評価」してくれるかは、\""バリュエーション\""という概念が入ってきますので別途解説します)。その場合、銀行に返すべきお金は1,000万円ですので、このタイミングで会社を売却した場合、株主の手元には株式価値として4,000万円の現金が残ります。IRR: +58.7%( = (4,000/1,000)^(1/3) - 1)というプライベートエクイティファンドもびっくりのリターンです(IRRなどの概念も別途どこかで解説しますが、ここでは\""年換算した利回り\""くらいに思っておいてください)。
ちなみに、逆に3年後の企業価値が1,500万円と評価された場合、銀行に1,000万円返済した後の株式価値は500万円になってしまいます(この場合のIRRは(500/1,000)^(1/3) – 1 = -20.6%)。銀行などの債権者は元本(この場合は1,000万円)保証を条件とする変わりに、比較的低いリターン(この場合は0.1%の金利)を得ることを目標とします。一方で、株式投資家が出資をする場合は、元本割れのリスクを負う(この場合は-500万円のロス)一方、事業がうまくいった場合は高いリターン(この場合はIRR: +58.7%)を享受できる可能性がある、ということが言えます。
本当はこのまま企業価値および株式価値とは何かという話を続けていきたいのですが、少し長くなってしまうので、一旦今回はここまでにしたいと思います。今回は概念的でだいぶフワフワした話が続きましたが、次回以降はより実務で使用される内容にフォーカスしていきたいと思います。
他のステークホルダーの皆さんは?
最後に、ここまで株主と銀行などの債権者にフォーカスした内容が続いてきましたが、M&Aの実務上、株主と債権者以外のステークホルダーは無視してもよいか、と言われるとそれは違います。一義的には、会社の所有権は株主(ただし非常時には銀行などの債権者)に所属しますが、実際には各種ステークホルダーへの対応(従業員の取り扱い、等)をしっかりと行わなければ、会社の業績が悪化し事業が生み出すお金も減り、結果的に株主の享受する価値が低くなったりしますので、各関係者との交渉・説明などはM&Aの実務の場でも大変重要になります。
「結局みんな大事なんじゃないですか」、という声が聞こえてきそうですが、実際その通りで、「最終的な決定に株主(および非常時には債権者)がかかわっている」というだけで、M&Aを進めていくうえでは、初期段階では秘密裏にプロジェクトを進めつつも、どこかのタイミングでは関連するステークホルダーの方から幅広に理解を得る必要がある、ということです。"